item 恐怖のダル・セーニョ

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written 2008/9/23

今日、三十代最後の誕生日を迎えた。
なぜか体調が悪い。腹から胸の辺りが重く、吐き気がする。
そんな調子だが、コンクール向けに作っていた大曲(8分ほど)が一通り書き上がったので、ひとまずMP3に録音し、譜面もプリントしてみた。まだまだいじる予定なので、これは初稿、というか草稿だ。
いざプリントアウトしてみると、A4の紙50枚近くになることに驚いた。
これを三部、審査に送ることになっているので、郵送代も意外にかかってしまう。
・・・なんだか非現実的なような気がしてきた。

書いたのは夢の世界の住人ntなのだが、今回は私が、彼の書いたものを点検している格好である。

つぶさに見てみると、ntの楽曲はアマチュアらしい稚拙さで、穴や錯誤や、いいかげんさにあふれているのがはっきりとわかる。彼はインターネットで、ブログの言語などとおなじように、整形しきらない音楽を無造作に垂れ流してきた。それがネット内存在の宿命だと自覚しながら。このように育まれてきただらしなさが、リアルな世界の、プロフェッショナルな視線に耐えられるかどうか、はなはだ疑問だ。
彼はクラシック音楽の基礎も音感も才能もないところから創作を始め、それでも一丁前に伝統的な音楽語法を吟味したり、解体したり、結局は自己の感覚に適合するもの同士を混合して独特なセンスを培った。下積みの基盤を持たない彼はこのセンスだけで勝負せざるを得ない。
おまけに、近代以降の西洋音楽が価値としてきた構造性や意味作用などに対しては否定的な立場に到達し、根本的には反=西洋の思想を抱いてさえいる。だから、彼の音楽は最終的には、「壊れたクラシック音楽」に向かうしかないのだが、そのことに対する恐怖心を克服できないため、いまだに中途半端な態度をとっている。
作曲コンクールへの応募」という今回の計画は、彼の場合思いつきに過ぎず、別段プロを目指しているわけでも、強い野心を抱いているわけでもない。ただ、これまでの「ネット垂れ流し」向けだった音楽性を、厳しい外気のただ中へと放り込んで試練を与えるという意味だけが、ある。

たとえコンクールに送ったとしても、結果が得られることはなさそうに思う。
もちろん、この曲はまだ推敲されるし、譜面の作成も丁寧に続けられるはずだが、どうも私から見て、これはやはり「アマチュア」の域を出るものではないと感じる。私は(あるいはntは)生涯、気難しいアマチュアに過ぎないのだ。

それはそうと、今回スリリングなのは、iMacというかLogic Express 8の調子が非常に悪いことだ。
保存した楽曲ファイルが開けなくなる、という、痛い症状だ。開こうとすると、どうやらソフトウェア音源の音色パッチをうまく読み込めないらしく、シーケンサーLogic Express 8が落ちてしまう。
そこで、しょうがないから、前日にポータブルHDDにバックアップしておいたファイルを開いて、作業を再開する。で、何小節か書いたあと保存する・・・するとまたそのファイルが読み込めないのである。
ということで、いったんこうなると書いても書いても抹消され、後戻りしてしまうという苛立たしい事態で、波打ち際に砂の城を建てているかのよう。
この恐るべきダル・セーニョ現象はここ1ヶ月の間に何度か発生している。うまく書けたと思った30小節ほどが消えてしまったときは憤死しそうになった。
今日、とりあえず最後の小節まで保存できたのは運がよかっただけだろう。
まるで「コンクールなんてやめとけ」と誰かさんが忠告しているかのようでもある(笑)。

三十代最後の1年が始まり、いよいよ人生は落陽へと向かう。
今回の「コンクール応募作戦」は最後のあがきみたいなものだが、やがて世界は静まり返り、夢の住人ntは立ち消え、私はひっそりと闇の方に去ってゆくことになるのだろう。
いま書いているこの曲は、だから、どう転んでもntの墓標となるはずなのだ。

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