何年か前からストラヴィンスキーに本格的に惹かれ始め、CDを買い漁っていた。が、その割にはこの音楽の魅力の本体をつかむことができず、本サイトの批評に記事を書いたのも、つい先日だ。
なぜ人は「春の祭典」ばかりを賞賛し、後年の新古典主義時代・十二音主義時代の作品については沈黙しているのか? この謎に ...(全部読む)
written by nt, 2007/3/10
[textes/notes]
ふと考えたことを書き留めておく。
構造主義や記号論は、形而上学に対する徹底批判の後に生まれてきた。
それは文化現象、特に「書かれたもの」や「言説」を解体・批判するのには、非常に有効な思考法だ。
だが記号論は、それ以外のものを言及することができない。たとえば、生体について語ることが出来ない。
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written by nt, 2002/9/23
[textes/notes]
Saussure, Ferdinand de (1857-1913)
私のサイトの名前について触れておこう。
思想辞典とかで「シーニュ」について調べると、ソシュールの名が出てくる。 シニフィエ・シニフィアンとかいう、一般の人にはちょっとわかりにくい言葉で説明されている。
すなわち、シーニュをひとつの言語記号としたとき、そこにはシニフィエの面と、シニフィアンの面とが ...(全部読む)
written by nt, 2003/9/6
[textes/批評]
「キャラクター」とは、記号で埋め尽くされた人工空間を指し示す象徴体である。
ここで言及したいのはいわゆる幼児向けの「キャラクター」であり、私は、2歳になる娘とともに、それらに接してきた体験を通して、語りたいと思っている。
生後間もない乳児はまだ何も見えていないのかもしれないが、赤ん坊に向かって母親や父親が微笑んでいることを察しているのではいか、という憶測がある。こ ...(全部読む)
written by nt, 2002/8/16
[textes/批評]