entry 他者との出会い

他者は単に非=自己なのではない。反=自己なのだ。


何をおいても、私たちが渇望するのは他者なのだ。
防御本能とやらに根ざしている、「自己同一性」への回帰は、
絶対的に退屈だ。
他者との出会いは「できごと」となるだろう。
そこでは自己が否定され、私は転身を余儀なくされるだろう。


他者はどこへ行ったのか?
共同体、言語作用の既成の枠組み、すべてを超えた他者との遭遇はいつもたらされるのか?

 written by nt, 2003/9/14

[textes/思考]

entry 見失われたもの


私たちはずいぶんながいこと、
         他者
             を見失っていた。
 テーブルの反対側に座っているあの人物、あの顔は誰だろう?


 言葉は他者に接近するために、きわめて有効な道具とはいえない。言葉は言葉のために存在するのであって、コミュニケーションの道 ...(全部読む)

 written by nt, 2002/1/28

[textes/思考]

entry 自己同一性について

他者のまなざしが、私を私自身にさせようとするのだ。

個人が自然に生きている時、その意識は刻々と変わってゆく。身体組織でさえ、厳密に言うと刻々と変容しているはずであり、そこでは元来、同一性などという問題が発生してくる余裕はない。
このような自己の流動性については、デイヴィッド・ヒュームが刺激的な語り口で語っている。

人間とは、想いも及ばない速さ ...(全部読む)

 written by nt, 2008/6/7

[textes/思考]

entry 讃歌 -トランペットとピアノのための

硬さ。

(3:46)

 composed & played
  by nt, 2002/11/18

[musique/composition]

entry 死と転生

 先日「遺作」として「Context of Water」を公開したが、どうやらまだ死んでないので、生きていて気が向いたときは、ぼちぼち作曲も続けていくしかないかなと思っている。「書かずに生きていけない」なんて気取るような資質は持たないが、「生きているのはひまつぶし」(深沢七郎)であれば、やはり「音楽 ...(全部読む)

 written by nt, 2012/12/23

[textes/notes]

entry 「Bogus Birds」を公開

 昨年5月に書いた「Riverhead Prateau」以来の、「23のピアノ前奏曲」新作を仕上げた。まだやっと通算10曲目。
 今回これまでの作曲方法とちがったのは、DAWの「Logic」で作業を開始せず、「Finale」で楽譜を作りながらの作曲となったことだ。プラットフォームの変更はかなり大き ...(全部読む)

 written by nt, 2013/7/29

[textes/notes]

entry 言葉、思考、他者

他者は言葉を破棄したところに存在する。

ラジカルに思考し、自分自身を分析し、思考に基づいて新たなアクションをもくろむこと。
 それはたぶん小ざかしくむなしいことなのだろう。
 私の思考は結実した試しがなく、かえってすべてを混乱させてしまう。


 思考するとはひとつのラング(言語体)の中で戯れることだろう。組み立てられた言葉には、何かの力が秘められているような幻想が伴う。

 
 そのような空々しい遊戯を超えるには、本当はコミュニケーションが必要なのに違いない。
 他者は言葉を破棄したところに存在する。

 written by nt, 2002/2/2

[textes/思考]

2075114

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