エリック・サティ
written 2003/9/6 [ updated 2006/6/1 ]
Satie, Erik (1866-1925)
サティがいま生き返ったら、自分の音楽が毒を抜かれ癒し系の音楽として愛されていることを知り、怒りのあまり失神するに違いない。
「家具の音楽」思想は(どうしてもマティスの「装飾としての絵画」を想起してしまう)、サティの到達点であったかもしれないが、
実のところこのヘソマガリ男は当時の煮詰まった「芸術」を否定したかっただけなのかもしれない。BGMとして消費されつくしている音楽の現状を知ったら、彼はどんな反応を示すのだろう。逆にバリバリと「芸術」を展開したのかもしれない。
サティの姿勢には批評的でアイロニックな何かがある。彼は記号の批評家だったのだ。
結論を言うとサティは私にとってとても大好きな作曲家というわけではない。「家具の音楽」というキャッチフレーズ、それに、何よりも、できすぎた「ジムノペディ」が悪いのだ。
それにもかかわらず、音楽の意味作用のくすぶりを最初に解体したメタ音楽系の作曲家として、非常に注目すべき作曲家であることには変わりない。
そして、コクトー、ストラヴィンスキー、フランス六人組などに重大なヒントをもたらした歴史上の重要なターニングポイントでもある。
スポーツと遊戯 (1914)
サティのピアノ曲は簡潔なほそい身体を思わせる。
サティ自身は太っていたようだが。
交響的劇作品「ソクラテス」(1918) サティの最高傑作かもしれない。 古風で無骨な響きを持つが、質素さが純粋な輝きをもたらしている。
家具の音楽 (1920)
サティはここで、音像の記号作用における完全な意味の無化を企図した。12音技法も、バーバリズムも、いかなる実験性も持ち込まずに。
ここには、反復のひたすらさだけがある。構造は放棄された。
ここからミニマル・ミュージックが始まるのだろうか?
だが、私はこの音楽が全く好きではない。