美的体験
written 2012/8/15
おそらくこんな考え方は他の人に支持されないだろうが、私は「美」というものを著しく多様なものと考えている。それはふつう言われる「夕焼け空の美しさ」や「ある陶器の美しさ」「レンブラントの絵画作品の美しさ」だけに限られない。自己の人生におけるある種の記憶、人に爆笑をもたらすような破格のギャグ、ふとめざましく感じるような日常の一瞬、恋愛あるいは単に性的な出来事に蔵された戦慄的な何か、等々、つまりその人にとって全感覚/身体/精神の痙攣・主体の特権的経験をもたらすような出来事すべてを、私は「美」に分類する。
この「美」のイメージは、アンドレ・ブルトンが『ナジャ』(1928)の最終行に書き付けた、シュルレアリスム的な宣言から引き出された。
美とは痙攣的なものだろう、さもなくば存在しないだろう。
ブルトン『ナジャ』巌谷國士訳、白水Uブックス
人は自己の「美」の経験を否定することができない。後年になって自分が過去に経験した「美」を否定することは、欺瞞でない限り不可能である。その「美」は絶対的なものだ、それが少なくともその瞬間に「美」であったことを否定するのは、自己の体験の事実性を否定することになってしまう。だから彼にとってそれは、記憶のつづくかぎり個人的に「普遍的」なものなのだ。
カントは『判断力批判』(1790)において、「美」が単なる「快適」と異なるのはこの「普遍性」であることを指摘している。美的判断、つまり「趣味判断」(篠田英雄訳、岩波文庫版)はすべての人の「同意」を要求する、としている。
ところが、要求はするものの、実際にはすべての人が同意するわけではないということは、百も承知である。美的経験はその普遍性の承認を要求はするけれども、現実にはその要求はしばしば失敗する。結局は「人それぞれの感覚の相違」というところに落ちついてしまう。
だからカントの語る美的判断はこんがらかる所がある。私はその「普遍性」を、「客観的世界」にもとづく全人間、つまり個体群における同意ではなく、「主観的世界」における自己-他者たちの関係性世界における普遍性、と定義し直す。ついでに言うと、この区別は客観-主観という西洋お得意の二元論パラダイムに基づくのではなく、「世界」とは常に単独の主体がその中に内蔵され、他者性も外部性も巨大な「関係の網」のうちに織り込まれたもので、それらの関係性が「自己」=世界そのものとして絶え間なく流動するという、現在の私の思想に基づいたものだ。「美」はそうした「世界」に確実に存在した絶対者であって、それを他者に説明し納得させられるかどうかなどということはどうでもいい。
カントの言うように、「美」はいかなる悟性(知性)によってもなかなか説明しきれない。無理にロゴスに押し込んだとき、「美」は純粋さを失い、単なるイデー(理念)のなかに埋没するのではないだろうか? そしてその埋没のために、「美」はたちまち見失われてゆくのではないか?
現実社会の芸術においても、常にイデーによる支配が見られる。芸術もまた、絶えず言説の喧噪に埋め立てられる宿命にあるわけだ。
原則として、イデーの支配下にある「芸術」世界と、「美」そのものとは別物である。
イデーに屈した「芸術」には絶えず階級だの闘争だのがつきまとうが、本来の「美」にはそれがない。「私」が観取した「美」それぞれには順位をつけることができない。そこには位階がなく、比較することもできない。すべての経験は絶対であって、それを理性によって分類することはむなしい。それは「痙攣的なもの」であるがゆえに、「理性」のどん欲な支配からは逃走してしまうのだ。
私が音楽に関して経験した「美」は様々なジャンルに及ぶ。ドヴォルザークのチェロ協奏曲、モーツァルト晩年の音楽、J. S. バッハのフーガから、キース・ジャレット、マイルス・デイビス、ハービー・ハンコック、プリンスやマドンナ、ヴァン・ヘイレン、ローリング・ストーンズあるいは忌野清志郎の曲に含まれた或る瞬間、インド・アフリカ・ペルシア等の古楽、エレクトロニカのオウテカ、無名のプログレッシブ・ハウスの作品、尺八の古い名曲、能の音楽や雅楽、そしてもちろん、武満徹やクセナキスなど無数の現代音楽。
数え上げればきりがないが、聴いているとき或る瞬間に訪れた
とりわけスノッブな芸術主義者は、プリンスとバッハを並べると怒り出すか嘲笑するだろう。しかしそれはイデーに支配された「芸術観」にしがみついているからなのだ。
私はむしろ、あらゆる垣根を超えて、無尽蔵な「美」を探し続けたい。ピグミーの音楽と西洋近代クラシックとの間の優劣を論じることは、「美」にとってはどうでもいいことだ。「美」はあらゆる場所に存在しうるし、存在しないこともある。たとえばアカデミックなステレオタイプにとらわれ、「純度の高い芸術しか受け入れられない」などという権威主義的な人間は、偏屈な理知に邪魔されて感性が鈍磨になっているのであろう。
「作品」というものは「美」そのものではなく、「イデー=芸術」の側に存在している。「作品」の構造は理知に属する。だからこそ、オウテカとショパンとが、それぞれまったく異なるやり方で、まったく異なる思想のもとに「美」を一瞬まとうことができるのだし、その特権的瞬間に優劣をつけることはできないと私は考える。痙攣的な美を前にして、理性は存在不可能なものとなるのだ。
「構造」はその時代の思潮やイデーによってさまざまな仕方で現出するから、そこにはそもそも絶対性が存在することはないだろう。最新の様式も数十年後には過去の遺物である。
私は過去に感得した美的経験をみずから産出することを試みて、作曲という妙な活動をいまだに行っている。芸術において重要な「技術」(artの語源はテクネ―[技術]のラテン語訳アルスである)が私にはないから、そこにはなかなか「美」がやって来ない。少なくとも、多くの人は私の音楽に「美」を感じないのだろう。しかも私が出会った数々の多様な「美」(と私との関係性)をないまぜにしたような奇怪な混成物を、私は錬金術的に編み出そうとしている。これは自己のすべてを賭けるとともに絶望的な試みだし、私自身がイデーによる制作原理を放棄することによって、野蛮なアナーキズムに近づく。
だが、「痙攣的な美」の経験において私は倒錯することが可能だ。痙攣的に倒錯した世界、そこにはもはや「私」「他人」という個体の差異はない。イデーによる言説はすべて相対的なものにすぎないし、差異は痙攣において消滅する。
私が手にしようと望む美とは、世界の消滅のことだ。