item 私のDTM歴

textes ... 自作解析

written 2006/6/7 [ updated 2006/6/9 ]

私のDTM歴は意外と長いようだ。
2006年現在で、16、7年になるだろうか。
はじまりは大学時代で、YAMAHA QY10という、出たばかりの小型ハードウェア・シーケンサー(音源つき)で遊んでいた。
その後、YAMAHA QX3という、ハードウェア・シーケンサーの往年の名機を購入、これを長いことつかっていた。
コンピュータのソフトウェア・シーケンサーを使うようになったのは数年前だと思う。
このソフトについてついでに言うと、使用順で
OPCODE Vision (Windows版)
YAMAHA XG-Works
Apple Logic Express
こうなる。
今思うのは最もよかったのは「Vision」だった。この商品は今ではなくなってしまったが、どこかの会社であれの開発・販売を続行してほしかった。

私のDTM歴は作曲歴でもある。
学生時代はクラシックと同時にジャズを愛好していたので、フュージョンめいたものを作成していた。それはいい加減で、なにも考えていない音楽だったし、まだ音感、和声感覚等、作曲で必要とされる諸感覚がゼロに近かったので、聞くべきものは何もない。
下手の横好きで作曲を続けているうちに、さまざまな音楽的感覚はよくなってきたと思う。

少しはマシになってきた頃が、このあたり。
 Sicili 1993/10/7
 Colors 1994/5/22

クラシック系楽曲の作曲は、実は学生の頃、シーケンサーを使わずに譜面に書き残したフーガが数曲あったが、その後はポップ/ジャズ/フュージョン/ダンス系に進んだので、しばらくお休み。
再びクラシックに進んだのは1998年頃だ。

なぜクラシックになったかというと、その頃バッハを再認識しつつあったからだろう。
実は音楽書法をあえていろんな流儀で書き分けて喜んでいるうちに、そういう「形式の遊び」みたいなものに嫌気がさしてきてもいた。
たとえば、こんなふうに遊んでいたのだ。
 Hardness 1997/6/16 ロック調。
 One Song 1997/6/26  泣かせる系。
 Cheep Angel 1997/7/12 ダンス系。
こんなふうに、いわば記号との戯れの度が過ぎて、これ以上こういう遊びをやっていても、技術的にはどんどん上達しても何かそれ以上の音楽性みたいなものが手に入らない。というあせりがあったと思う。

記号の遊技ついでに、バッハ風をつくってみた。
 幻想曲とフーガ ハ短調 1998/2/23
これがこのあと、特に2000年に書くことになるバッハ・シリーズのはしりである。

それ以降は、徐々にクラシック路線に重心がうつり、もっといろいろ考えて書くようになっていった。

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