多面体
... 現代詩
written 2003/1/12 [ updated 2006/6/2 ]
音楽「多面体」のために付した七つの詩。
地下街/雪
冬に都市は孤立する地底に建築された人工的な空間は
ノイズとめまいそして
ここでは
人のつまさきばかりが目につくのだ
多くのタブーに強迫されながら
歩く
うつむいて
沈黙を守らなければならない
死んだ魚の目を持たなければ
でも 欲望は剥き出しに
憎しみも忘れずに
コートのポケットにはすべてを破滅させる機械
急いで歩け
かさねられた音楽が
欲望の向こうにたむろする
交叉する
魂はもういらない
人ごみの中を歩くには ちょっとしたコツさえつかめばいい
雪が
今年は地下にも雪が降るという
正体はプランクトンの死骸らしい
地下の通路に 肩に髪に 指先に
雪がふりつもる
覆う
つめたく
つもれ!
円形の森
子どもじみた夢のように思われそうだが石の顔をもった 円形の森の偶像たちは
地中で互いの名を呼びあい
神経細胞をめぐらし
ほしいままに土をけがす
文法をもてあそび
澄明な笛を操りながら
意地汚くなった老子のような顔で
偶像たちははがねの知を競う
そして夜な夜な 私の眠りに
彼らのニューロンの先が 侵入してくるのだ
誰かが はやく
円形の森を焼きに行かなくては
鳥たちの場所
しずかさの木立ちで 私たちはずっと待っているこころのさわぎを運んで空かける
めざわりな鳥たちが 破裂するのを
ここには何もないの とおまえは問い
傷
をかくしたコンクリートの樹をかじる
トラウマを恥じているおまえ
今夜おばさんの家で おまえは魚とともに眠り
追われる夢をみるだろう
そして
ときが迫ったことを知る
その瞬間は来るか
無数の影が頭上に降りかかる
その瞬間
空白のメヌエット
眠い目をしたライオンが本棚の前に座りこんでいるから
子どもは絵本を取りに行くことができない
そのおおきな絵本には
水の重さと
音楽の不思議と
宇宙の始まりの予感について
書かれているのだが
ぶらさがっている詩人
ぶらさがっている詩人はだれよりも腕がながい。
今日は時計のふりこの役柄だ
いくら気をつけていても つまさきがガラスに当たる 当たってしまう
ようこそ さあ、どうぞ と
毛の生えた心臓でさびしいうたを うたう
詩人の真下では 雨がつづく
そこでぼくは 除湿機を用意したのだ
まったく
苛立たしい存在だよ
ダンス
メシアンを聴いておどっていたのは1歳半のころのむすめ
それは天使に関する楽章だった
律動はどこからくるか
塩基配列からか
森のむこうの 毛細血管からか
様式化されつつある身体を
意識とともに彼岸においつめれば
天使化?
リズムさえあれば
腕 背筋 額
しかし
ダンスに自由はあるのか
なにものかに捧げられた
足そして首
重心としては
こころうばうあざやかな
供儀のはじまり
隙間
隙間があったながさ12センチほどの
ほそすぎて指はとおらない
いつ開いたか知らない
それの意味は知らない
埋めるでもなく
のぞいてみる今日
風と波との戯れは聞こえるか
身を切るような冷たさはささってくるか
庭の記憶は残っているか
細胞と細胞のあいだ
微粒子と微粒子のあいだ
あいだ
わたしとあなたのあいだ
あいだとあいだのあいだ
すべてのあいだに寄せる恍惚
気の遠くなるような奥行きと
風化してゆく身体との
うつくしいコントラストは
隙間のまえに横たわる
手帳を置いて
光こぼれるか
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