マヌエル・プイグ
written 2003/9/6 [ updated 2006/6/2 ]
Puig, Manuel (1932-1990)
通俗的な要素を多く取り込みながら、コミュニケーションが成立しない時代を描き出す、今日的な小説家。
とてもおもしろい、第1級の現代小説である。
ブエノスアイレス事件 (1973)
ページがばらばらになって宙に浮かんでいる。それぞれのページは新聞記事やら、履歴書やら、架空のインタビューやら、おのおのまるで別次元に存在し、ページとページとの間には虚空しかない。
人物やできごとは、確かに存在する。
しかしそれはパロディーとして表層としてしか存在しない。そして、人物(主に1組の男女)はお互いに決してコミュニケーションを成立させることができないまま、悲劇的局面へとつきすすむ。
おわり近くに主人公の検死解剖報告書が載っているが、そこでは肉体がばらばらに記述される。とうとう「ただの身体」としてしか存在できない現代人を象徴しているのかもしれない。
通俗的な作品を模したこの小説のラストに「絵に描いたように幸福な女」が出てくる。それは幻想にすぎないのだが、プイグは身体の表層しか存在しないこの世界を閉じるのに、つかのまの夢想を付け加えたのだろう。
それがいっそう、この小説のラジカルさを浮き彫りにする。
天使の恥部 (1979)
これもコミュニケーションの不可能性を浮き彫りにする作品。
今度の主人公(のひとり)は「人の心を読み取る能力」を身に付けるのだが、それでもやはり、コミュニケーションは成立しない。
悲しさに満ちた物語だが、男性社会へのアンチテーゼや、アルゼンチンの(よくわからない)当時の政治状況などが織り込まれていて興味深い。
3世代にわたる女性たちの物語をパラレルに配置した構想が秀逸だ。