ウラジーミル・ナボコフ
written 2003/12/29 [ updated 2006/5/31 ]
Nabokov, Vladimir (1899-1977)
ナボコフの文体は初期のころから、装飾的で「詩的情緒」にあふれている。
だが後期にいたり、単に詩的であることを超え、小説そのもの「エクリチュールの芸術」であることを追求するようになる。
飛躍のある凝った言い回し、言葉遊び、盛んなパロディ精神、プロットや片隅のディテールにしかけられた「トリック」など、こうした「ナボコフらしい」遊戯的な要素は、たしかに読書の快楽をもたらすだろう。
ナボコフを読み進めることによって、私たちは小説というものが、単なる1個の語りではなく、さまざまな深さを持ったいくつものエクリチュールが交錯する、劇的な芸術空間として現前することを知る。
(ここでいう「いくつものエクリチュール」というのは、プイグの小説に見られるそれとは、構造上まったく異なる。ナボコフは素材として複数のエクリチュールを操るのではなく、視点をまったく異なった層にうつしていく技法、たとえば、通常の「語り」の層の裏側から任意に顔を突き出して、「語り」に穴を穿ち、別の次元へと読者を連れ去る、といった技法をとる。)
ナボコフの小説は実験小説的な側面も持つが、あくまでも物語としての面白さを失うことはない。20世紀の凡百の実験作に辟易している向きにも興味をそそるだろ。
そして、ナボコフのエクリチュールは常に美しいのだ。